【a_talk-episode 32】

・・・「おちょぼさん」お千代保稲荷神社を訪ねて・・・

 苦しい時の神頼みと人はよく言うけれど、日本人にとって最後は神頼みかも知れない。人々が思いを込めて祈るその姿の証を求めて、商売繁盛を叶えてくれると言う言伝えがある岐阜県海津市平田町に位置する通称「おちょうぼさん」と言われている千代保稲荷神社を訪れた。


 立派な拝殿等荘厳な建物等は存在しないが、昔の街道風景に溶け込んだ情緒のある建物等が存在し、聞いて少し驚いたのだが、このお稲荷さんは京都の伏見稲荷、愛知県豊川市の豊川稲荷と合わせて日本の三大稲荷と称される事も有るそうである。年間約200万人が訪れるそうで、この地域では垂井町の南宮大社が商売繁盛の神様として有名だが、それとは質の違った多くの自営業者や個人の資格等専門職を持つ人々が訪れると聞く。

 由来は平安時代から室町時代にさかのぼり源氏縁の森氏が祀ったと聞く。荘厳な建物は無いのだけれど神社の門前町等昔ながらの街道筋を思わせるような風情が整った街並も、そこには存在する。

 また、この神社には「先祖の御霊を千代に保て」と言う教えが生きており、境内でお札やお守り等一切置いていないのを眼にする事が出来る。ただ、お神籤だけは神社の片隅に鉄で出来た物が置いてあり、そこで引くことが出来る。この地区では霊験灼かで有るということが誠しあかに伝わっており、多くの人々がそれらを授かる為に訪れている。



 人々の往来等を避け静かな時間帯に訪ねたのだが、恰もそこに人々が存在するようなシチュエーションが存在していた。門前町のあるお店の前の路上には、まるでそこに人々が集まり名物等の串カツを頬張っている姿が眼に映るような情景を連想させるものとして、段ボールで敷き詰められた路上の一画があり、またその向うにはなにやら店先で屋台等を出し、そこで商売している姿等連想出来る様なその情景が醸し出されているのである。また人のいない門前町の商店街を眺めていても、恰もそこに人々が存在するであろう情景が見えてくるのである。

 人々の祈りが満ちあふれているこの「おちょぼさん」は日本人の原点を見ているようである。~道に基づくお上意識のお陰で支配者階級については、何事にもお上が決めることで、その民は文句さえ言わず、ただ額に汗し田畑を耕作し工作物を作ってお上に貢献していた日本人。今は
winやらmacやらアメリカから訪れたIT(コンピューター等)と言う化け物に支配され、これも文句すら言わず虐げられても、もくもくと額に汗し働いている日本人の姿。

 国家の政策で利益を上げ裕福な生活が出来ているのはこの国のお上階級であり、派遣労働者や
IT革命でそれに携われない者等は、この国ではその上流から振い落とされた下流の民で、それでも額に汗し、もくもくと働いている。アナログで育った日本人のDNAは最後には神頼みで締めくくる。そして足繁く神社仏閣に足を運び賽銭等投じ神頼みにいそしむ。(ただ、実は神社仏閣は上流階級であるのだが…。)


 「おちょぼさん」にはサラリーマンの名刺やらが所狭しと拝殿等に挟まれて置かれており、人々の希望の表れが現実にそこには有ると見える。国の政策で徐々に生活苦が押し寄せている実感を、ここでは感じる事が出来るのかもしれない。



 日本人個々が自分を主張出来るDNAを持ち合わせていたらこの国の形もすこしは違った形になり、下流の民が安心して生活出来る環境が整っていたのかも知れない。

 と言いつつも、「おちょぼさん」が霊験あらたかで御利益が一杯あるので有れば、それの少しでもお裾分けして欲しいが為に、お参りに行くのである。

 心を清めるよい場所には違いないのだけれども…。また、訪ねてみよう「千代保稲荷神社」…。 Photographer 岡田 朗





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